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東京高等裁判所 平成9年(ラ)2355号 決定 1998年1月19日

抗告人 松永浩志

右法定代理人親権者父 本田泰央

主文

一  原審判を取り消す。

二  抗告人の氏「松永」を父本田泰央の氏「本田」に変更することを許可する。

理由

1  本件抗告の趣旨

「原審判を取り消す。本件を水戸家庭裁判所日立支部に差し戻す。」との裁判を求める。

2  本件抗告の理由

別紙「意見書」と題する書面に記載のとおりである。

3  当裁判所の判断

氏は単なる個人の呼称ではなく、家族的共同生活を営む夫婦とその子が共通に称する呼称でもあるから、共同生活を営んでいる父子が互いに氏を異にする場合には、子の氏の父の氏への変更は原則として許されるべきものであって、これを許すことが子の福祉にも合致するものであると解される。

本件において、現在、抗告人は、親権者である父と同居しておらず、監護者である松永和秀(以下「松永」という。)が監護養育しているが、これは、抗告人は本来的には父のもとで監護養育されるのが自然というべきであるが、現状における抗告人の生活環境としては、父方よりも松永方の方がやや勝っているというべきであるし、抗告人の生育歴や現状に照らすと、抗告人をよく慣れた松永方から不慣れな父方へ直ちに移すことになれば、抗告人に対して少なからず精神的動揺を与えることが懸念されるので、将来的には抗告人を松永方から父方へ移すことが自然であるとしても、当面の間は松永が抗告人を監護養育し、その間に父において抗告人との交流を深め、自然な形で同居に至るというのが最も抗告人の福祉・幸福に適するとういべきであると考えられたからであって(父の申立にかかる親権者変更申立事件の審判書参照)、できるだけ早期に抗告人が父と同居することが予定され、期特されているのである。

このように、いずれに近い将来に抗告人は父と同居することになるのであるから、本件氏の変更を許可することを不相当とする理由はないものといわなければならない。抗告人と父が交流を深めていくについて、両者の氏が一致していることは必要ではないが、同一の氏を称することは親子間の精神的・心理的同一性を図るための一助となるのであって、これが親子の交流を深めるについて無益であるとはいい切れない。

もっとも、松永は本件氏の変更を許可することに反対しているが、これに合理性があるとは考えられない。松永が抗告人を監護養育していく上で本件申立を許可することが何らかの支障を及ぼすとは考えられないし、抗告人にとっても不利益になることはないと考えられるからである。

したがって、本件抗告には理由があり、本件氏の変更の申立を許可するのが相当である。

4  結論

よって、原審判を取り消し、本件氏の変更を許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 筏津順子 彦坂孝孔)

(別紙)

意見書

御庁頭書事件につき、下記のとおり意見を申し述べます。

抗告人訴訟代理人

弁護士 ○○

1 原審判の問題点について

水戸家庭裁判所日立支部は、平成9年11月7日、「監護者を松永と定めて別件親権者変更審判及び別件却下審判をしたものである上……その後も大きな事情の変化は認められないから、当面は監護者である松永の立場を尊重して、申立人の氏を変更しないことが相当である。」と判断し、申立人の本件申立を却下する旨の審判を下しております。

しかし、この原審判においては、申立を却下することについての具体的な理由が欠落していることは明らかなところであります。監護者の立場を尊重することと氏の変更とは何等関係がないにも拘らず、原審判は、この点について何等の理由を説明することなく、本件申立を却下していると言わざるを得ません。

離婚した母が死亡した後、家庭裁判所において父本田泰央(以下「泰央」という)が実父として親権者に指定された限りは、父と子が同一の氏を称することは社会生活上当然のことであり、また、国民感情からいってもこれは是認されることであり、勿論、子の幸福の見地からも父と子が同一の氏を称することが必要とされるものであると考えるものであります。

2 子の氏の変更について

民法第791条1項は、「子が父又は母と氏を異にする場合には、子は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届出ることによって、その父又は母の氏を称することができる」と規定しております。これは、親子が別の氏を称することは社会生活上不便であり、また、親子が同一の氏を称することが国民感情に合致することであるために規定されたものであると考えられます。

そして、子の氏の変更についての許可の基準については、民法上は何等の明文の規定はないものの、子の幸福を基本とし社会生活上の常識や国民感情をもととして、その許可が決せられるべきは当然のことであると考えられます。

本件においては、離婚後母が亡くなった後、一人残された子がたまたま母の兄に引き取られ、そのために実の父親は、親権の変更の申し立てをし、その家庭裁判所の審判において、実の父が親権者として認定されたものであります。その際に、監護者は、子の母の兄である松永(以下単に「松永」という)が指定されたものであります。このように、本件では、実の父親と子の伯父の間において、子の氏の変更について争いがある訳であり、本件においては、実の父親への氏の変更は認められて然るべきであると考えるものであります。これは、父と子が同一の氏を称するという当然の国民感情であり、社会常識からいっても是認されるものであります。

子の氏の変更をめぐる過去の裁判例を検討してみますと、それは、実の父と母との間における子の氏の変更をめぐる争いについての判断が多く、本件の如く、実の父親が存在しているにも拘らず、偶々子の伯父が子を引き取っているために、その間における子の氏の変更に関する争いということは過去においては殆どない事例であると考えられるものであります。

3 本件における具体的事実について

(1) 泰央と直子との婚姻期間中、泰央は、子浩志の父親として土曜日及び日曜日においては、子と一緒に遊ぶことが多く、遊園地に行き、また、泰央は子のおむつも取り替え、子が高熱を出している際には寝ずの看病もしたことも度々ありました。そして、泰央は、子浩志と実の父と子として強い絆で結ばれていたものであります。

(2) 泰央と直子との離婚の際、子が未だ幼少であったため親権者は母直子として指定いたしました。泰央は、子の浩志が未だ幼少であったため、子浩志の幸福を考え、自らの意思で母直子を親権者と指定したものであり、その際に泰央と直子との間には、万一直子が何等かの事情で子浩志の養育をすることができなくなったときには「お父さんは、お父さんなんだから私がいなくなったら浩志の面倒をみてやって下さい」と直子は泰央に対して約束していたものであります。

(3) 泰央と直子の離婚の後は、他の例におけるが如く両者が没交渉の状態に陥ることもなく、泰央と直子は、一定の期間毎に手紙の交換をし、そして泰央は子浩志と幾度か面接交渉を行っているものであります。

特に、直子から泰央への手紙でみる如く両者の関係は離婚後も円満なる関係を継続し、特に泰央の子浩志に対する愛情は離婚後も何等変わることはなく、直子も泰央に対して子の成長を手紙にて告げ、子浩志の写真も泰央に送っているものであります(甲4)。そして、浩志も父を恋しがり「お父さんは、お仕事なの?」というのが口癖にさえなっていたのであります(甲3)。

さらに、泰央は、離婚後も子浩志に対して月々4万円の養育費を送金していたものであり、これは、銀行の取引照会書(甲2)によっても明らかなところであります。子浩志は、その父母の離婚後も父の名前を告げ、その親愛の情を示していたものであり、離婚後、泰央が子浩志に会う際は、子浩志は大変おおよろこびをし、泰央も子に対して様々の洋服類や、また、クリスマスや誕生日、そして泰央の出張のときには必ず子浩志に対するプレゼントを送っていたものであります。

泰央が子浩志と面接する際においては、子浩志は、父親に対して「お父さん」と大きな声で叫び、抱きつき、その手を離そうとしなかったものであり、このように子浩志は父母の離婚後においても父に対して親愛の情を示し、父と子との強い絆を感じさせていたものであります。

(4) 直子が平成9年1月22日に交通事故により突然死亡し、そのため泰央は、子浩志のもとに直ちに行き浩志に対し、母が亡くなった旨を告げたものであります。その際、泰央は、すぐにでも子浩志を引き取りたいとの希望を強く抱き、子浩志も「浩志はお父さんと一緒に行く」と強くその希望を述べたものであります。そして、泰央が帰る際、浩志は「お父さん、お父さん」と泣き叫んでいたものでありますが、松永は、これを押しとどめ、その後松永は、泰央と子浩志が会うことを事実上阻んでいることは明らかな事実であります。

子浩志の母である直子が突然の死によりこの世から居なくなった現在、子浩志の実の親は、父泰央以外に存在しないものであります。そして、父泰央と子浩志は、このように強い絆で結ばれているにも拘らずこれを松永が事実上阻害し、現実として実の父と子が会える状態には至っていないものであります。

(5) 泰央は、家庭裁判所に対して親権者を父親である自分に対して変更する旨の申し立てをし、家庭裁判所において子浩志の親権者は実の父である泰央に変更されたものであります。これは、実の父と子との間の強い結びつきを考えれば当然のことであります。

4 結語

(1) 泰央が子浩志の親権者となったことから、子浩志の幸福を考えれば実の父と子が同一の氏を称することは当然のことであり、また、子浩志の社会生活上の見地及び民法791条の趣旨からすれば、子浩志が一日も早く父泰央と同一の氏を称することは強く要請されることは当然のことであります。実の父と子がその母亡き後、同一の氏を称するべきことは国民感情としても、また、社会通念上としても当然にあるべき姿であります。

(2) ところが、子浩志の監護者である松永は、本件の氏の変更について「私が浩志を監護するうえで浩志の姓を変えるのは重大な支障となりますので反対です」と陳述しております。

しかし、子浩志の氏を父親の氏に変更することにおいて、その監護上いかなる不利益が生じるのか全く理解できないところであります。

元来、監護という概念は、子の現実における身上の世話、保護を目的とするものであり、本件においては子の監護も子が精神的に安定するまでの「当分の間」のみの暫定的な措置である筈であります。そして、子浩志の氏を実の父親とすることについては、子の現実的監護に何等の不利益は、支障も生じないことは社会通念上当然のことであります。また、泰央からは監護者松永に対して子浩志のおかれている監護の状況、そして、直子からの相続した遺産の状況等について内容証明郵便(甲6)にて問い合わせの書面を出しているにも拘らず、松永からは何等の返答もない状況であり、このような松永の対応は、泰央の親権者としての権利を事実上踏みにじる行為であることは明らかなところであります。

(3) 以上のような見地から、子浩志の氏については一日も早くその実の父親である泰央の氏に変更されたく、原審判の取消を求めるものであります。(甲1)

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